内閣改造雑感

内閣改造が近づくころの政局好きの姿は悲惨極まる。偏執狂的に情報を追い、ひとたび報道が出れば眼光紙背に薮睨みに想像妄想を尽くして必死に人事の絵図を掴もうとし、大体の場合においてそれは外れる。不毛であり奇怪としか言いようがない。そして自分自身がそうした人間の典型なのだから、振り返って暗い気分になる。
 
産経新聞7月8日付朝刊の1面に掲載された記事はそんなマニアたちの心を躍らせたに違いない。岸田外相が交代し「党要職」に、その後任には茂木政調会長が有力というのだから。他紙の報道が麻生副総理や二階幹事長の留任を伝えるに留まるなかでこの記事は二歩も三歩も進んでいた。
 
まずはこの記事の内容を確認しておこう。
 
岸田外相が閣外に出、「党要職」へ就くという。そして後任外相には茂木政調会長が有力と。また、甘利元経済再生担当相が「党要職」に。党執行部では高村副総裁・二階幹事長・竹下国対委員長、閣内では麻生副総理と菅官房長官を留任させるが、稲田防衛相や塩崎厚労相を交代させる方向としている。細田派の議員については「多くを党務に専念させる」という。
 
まず問題になるのは「党要職」とは何かというところだ。すぐに連想されるのは党三役のどれかだ。ただし幹事長については二階幹事長の留任が確実視されている。と、なれば候補は政調会長か総務会長に絞られるだろう。
 
この記事では政調会長については「憲法改正でも党内外の調整役となる」と触れられている。読みようによっては岸田氏にも甘利氏にも「はまる」表現だ。穏健なイメージの強い岸田氏ならば、「右傾化」「タカ派」などといわれる現政権の憲法改正に(実際の帰趨は別にして)異なった色合いを感じさせ、円滑に進められる、と総理が考えても不思議ではない。あるいは甘利氏の場合であれば、総理の意を体して憲法改正を「軌道通り」に進めるという具合にも考えられる。つまり様々な読み方のできる表現であり、さらに言えばこれで人事の流れを掴むのは難しい。
 
岸田氏が就くポストは比較的限られてこよう。外相から充てるとすればそれなりの重みのあるポストが必要になってくる。三役以外で充てても不自然ではないポストとしては党選挙対策委員長が浮かぶ。
 
総理は第2次安倍改造内閣の党役員人事で経産相だった茂木氏を選対委員長に充てたことがある。外相から就くのもやや格下の感は否めないが、不自然とは言えない。
 
現政権下の選対委員長の顔ぶれを見よう。最初に就いたのが、総理と同じ山口県選出でかつては派閥も一緒だった河村建夫氏だ。同じように総理の「仲間」として入ったとみられるのが、総理と長年の盟友関係にある現任の古屋圭司選対委員長。間を挟む茂木氏は総理の「仲間」とは言い難いが、手腕は総理に信頼されている。これらの要素を見る限り、「安心して仕事を任せられる」ということが、総理のなかにあって選対委員長の条件なのだろう。
 
では、岸田氏はどうか。
 
外相としての手腕は総理のよく認めるところだ。「安倍外交」というのは半身においては「岸田外交」と言い換えてもよいし、戦後2位に達する長期在任はまさに総理の信頼の表れといえる。ただ、それが選対委員長への抜擢につながるかといえば、簡単には言い難い。選挙というのは政権の命綱であり、大げさな言い方をすれば選対委員長に充てるというのは自らの命を任せるに等しいのだ。党内外から(その実質は別にして)「保守本流」「党内リベラル」としての行動を求められ、様々な憶測を呼ぶこともある岸田氏に任せるというのは一種の賭けでもある。結局このポストに岸田氏が就くかどうかは総理の信頼の度合いと岸田氏に求める役割によって決まってくるのではないだろうか。
 
ただ、総理が岸田氏に選対委員長に任せるということは、それまでの選対委員長人事とは異なった色合いを帯びる。自らの政権の命運を託す以上、岸田氏がその役割を果たせば後継を委ねる可能性も持つということである。無論、政権の禅譲ということがそうたやすく行えることなどないにしろ、総理の意思が後継レースのなかで大きな影響を及ぼすことは考えられてよい。実現すれば、岸田氏が選対委員長に就くインパクトは大きいのだ。
 
さて、もう一方の「党要職」候補である甘利氏に話を移そう。私が最初にこの記事を見たときに思ったのが「『甘利税調会長』かな・・・?」ということだった。甘利氏は「インナー」と呼ばれる党税調の中心メンバーであり、経済再生担当相時代には減税策にも携わっている。宮澤洋一現会長の起用をはじめ、官邸の党税調掌握が指摘されるなかで、甘利氏の抜擢はその流れにぴったりとはまる。地盤沈下をあげつらわれる党税調会長ポストだが、しかし甘利氏のキャリアからいっても悪くはない。これは甘利氏のポストの有力候補第一。
 
次に考えられるのが政調会長再登板だ。甘利氏は2012年9月の安倍総裁誕生から同年12月に第2次安倍内閣が発足するまで政調会長を務めていた。政策通であり、総理と気脈を通じる氏には適任のポストだ。
 
党三役というのは目立つポストだが、閣僚に比べて違う点は国会出席の必要がないことだ。野党議員からの追及に答える必要がなく、比較的「前科」のある人物でも就任のハードルは低い。宮澤内閣の党総務会長を務めたのは文字通り「前科」持ちの佐藤孝行氏だったが、後に入閣した際にはロッキード事件での逮捕歴が非難を浴びて2週間足らずで辞任した氏も、このポストは最後まで務め上げている。党の役職は脛に傷ある身のお勤めにも適していて、スキャンダルで閣僚を退いた甘利氏でもなれないことはない。とはいえ、それまでのような事情がこれからも通じるかは簡単には判断し難いだろう。いくら国会出席のない党三役といえども、今のように政権の緩みが騒がれるなかで就ければそれなりの反発は避け難い。甘利氏が政調会長に「就けるかどうか」は見極め次第となる。
 
もっとも甘利氏と岸田氏でいえば、総理と気脈を通じる甘利氏のほうが総理にとって政調会長に充てやすいのは間違いない。その点で注目するべきなのは7月2日の都議選開票日に、総理と甘利氏が麻生副総理・菅官房長官とともに会食をしていた事実である。麻生・菅両氏が次の内閣でも主力として活躍することが確実なことを考えれば、甘利氏も「それなりの立場」でこの会食に臨んでいたことは想像に難くない。改造後の最大の課題が憲法改正ということをみれば、ここで総理が甘利氏に政調会長就任を要請したことも考えられるのではないか。私はこの会食の存在は重要とみる。
 
私は甘利氏が政調会長に就く可能性はやはり高いと考えている。そして甘利氏が政調会長に就くとするならば、岸田氏のポストは必然総務会長か選対委員長というところに落ち着く。
 
総務会長は岸田氏にこそ適任のポストだろう。党の意思決定の中枢機関である総務会は「うるさ型」議員の集まりであり、穏健な岸田氏にはそのまとめ役にはまる。官高党低の構造のなかでさほど政治力の求められるポストではなくなっていることも党務慣れしない岸田氏にとって助かるところではないか。
 
以上、産経新聞の記事を下敷きに岸田・甘利両氏の人事について書いた。が、これもどこまで当たるものかわからない。2,3週間前の人事報道に惑わされ、組閣直前の読売新聞の記事で予想の外れを思い知らされるのがマニアの常である(読売の人事報道の的確さは恐ろしい)。この文章を書いている間にも朝日新聞が「岸田外相留任」を報じているのだ。そこで一遍産経の報道を頭から落として、改造の基本線を考えてみたい。
 
まず、改造の規模だ。これまでの流れを断ち切る以上、相当に幅の広い改造にならざるを得ない。総理は「人事の骨格を維持する」と公言しているが、言い換えれば骨格ならざる部分はどんどん変えてゆくと考えられる。問題の稲田防衛相や金田法相は当然に交代(稲田氏は改造よりも先に辞任する可能性も高いが)、その他の失点のない閣僚も外れるだろう。
 
後任人事の性質はどうなるか。この場合浮かぶのがふたつの類型である。ひとつは気心の知れた議員で固める「お友達内閣」型、もうひとつは「挙党一致」型だ。
 
「お友達内閣」型というのは無論明確な定義があるわけではないし、しているわけではないが、党要職や閣僚の相当部分を自らに近い議員で固めればこの形容に当てはまるだろう。こうした類型に当てはまるのが幹事長・財務相を総裁派閥で固め、その他多くの閣僚も総理に近い議員が占めた第1次安倍内閣であることには異論は少ないと思う。ただ、「お友達内閣」というのはあまり見られるものではない。派閥全盛時代であれば、派閥均衡人事が前提とされるなかで総理の人事権は制約されたし、小泉内閣以降でもせいぜい麻生内閣にその色合いがみられる程度だ。基本的にはバランスのある、永田町でいう「枝ぶりのよい」人事が組閣の常道となる。歴代総理の人事の味というものはそうした制約のなかでいかに独自色を見せるかに表れていた。
 
話が逸れたが、ともかく「お友達内閣」は珍しいものであり、よほどのことがなければ実は生まれるものではない。
 
それではこの政権最大の難局という「よほどのこと」に総理は「お友達」で固める選択をするだろうか?
 
私はそうはしないと考える。注目したいのは約10年前の第1次安倍改造内閣の人事だ。このとき安倍内閣は閣僚のスキャンダルで非難の嵐、年金問題と相まって参院選で惨敗し、死に体だった。そうした状況のもと安倍総理が行った閣僚人事は古典的な「挙党一致」型だった。官房長官を盟友の塩崎恭久氏から直言タイプの与謝野馨氏に代えたのをはじめ、閣僚はきれいに派閥均衡、党全体のバックアップを供給できる体制をアピールした。一方で党の人事は「挙党一致」とは言い難い。幹事長に親密な麻生太郎氏、政調会長に盟友の石原伸晃氏を起用した。内閣・党全体を見ると単純な「挙党一致」というより、「『お友達』エリアを残した挙党一致体制」と形容するべきだろう。このときの人事を手がかりに今回の改造を考えるとある程度見通しが浮かんでくる。つまり、今次の人事で指すところの「骨格」とはここで言う「お友達」にあたり、そうしたエリアを温存しながら挙党一致体制を構築することが考えられるということだ。そのようなことから考えれば、第2次安倍改造内閣でみられた「岸田派偏重」や「石原派冷遇」、あるいは現内閣の「谷垣グループ冷遇」のような現象は考えづらい。どの派閥にもポストが行き渡る人事が行われるのではないか。
 
ここから先はいささか各論に亘る。まず、参院の扱いだ。
 
先の通常国会参院は大きな得点をあげた。つまり、「テロ等準備罪」法案について会期延長が当然視されるなかで、力ずくで会期内の成立を遂げたのだ。その功績は官邸にとって大きいはずだ。立役者と言われるのは参院自民党の実力者である吉田博美幹事長であるが、余人をもって代え難い以上吉田氏自身の入閣はないだろう。吉田氏に近い松山政司参院国対委員長の入閣がかなりの程度考えられる。その他、中川雅治参院副会長も有力候補だ。
 
今年に入って起きた党内政局で目立つのは麻生派山東派谷垣グループ離脱組による派閥再編である。党内第二派閥となった麻生派が人事でも厚遇を求めるのは間違いない。もっとも、先述したように「挙党一致」体制の構造ではあまりにも露骨な厚遇人事は考えづらいだろう。
 
麻生氏が強く推すとみられるのは、旧山東派の議員だ。自らの領袖としての求心力を確保するためには派の基盤を固める必要がある。そうしたことを考えれば、自らの系統とは異なる議員の入閣にも配慮をしなければならない。旧山東派から伊藤信太郎北川知克両氏の入閣は十分考えられる。その上で派から適当な人数が入閣するのではないか。
 
「挙党一致」をアピールする上でウィングを広げる必要があるのが石破派と谷垣グループとなる。石破派からは現在山本有二農水相が閣内にいる。総理にすれば自らとも親しい山本大臣は留任させたいところだろうが、過去に発言が問題視されたこともある山本大臣を残すことは難しい。改造にあたっては親しい田村憲久氏、あるいは伊藤達也氏辺りの起用が考えられる。
 
次に谷垣グループ。総理が谷垣禎一前幹事長を深く信頼していることは間違いない。政権発足時から敬意は変わらず、また谷垣氏のほうもそれに応えて仕事をしてきた。が、派閥への対応は不思議なほどにそれに見合わない。現内閣も谷垣氏が幹事長から外れるや、佐藤国対委員長、中谷防衛相などが外れ、入閣者はゼロとなった。いわば同派は「冬の時代」にある。今回の改造ではそうしたところにも配慮をするものと考えられる。中谷氏の再入閣の可能性に加えて、あえて「万年待機組」逢沢一郎氏の入閣を予想したい。
 
さて、今回の人事でもっとも話題をまいているのは、小泉進次郎氏の入閣のありやなしやだ。小泉氏は否定しているが、人事を決めるのは総理である。何が起きるかはわからない。
 
小泉氏を入閣させるというのは、内閣にとってはメリットしかない。人気を引き寄せることができるのもさることながら、派手なポーズと裏腹にそつのない仕事をする小泉氏ならば実務家としても手腕を期待できる。総理は過去に総裁経験者の谷垣氏を幹事長にしたり、副総裁経験者の大島理森氏を衆院予算委員長に起用するなど、人事の「序列」に対しては柔軟な感覚を持っている。当選3回の小泉氏が入閣する可能性も十分にあるのではないか。この場合問題になってくるのは小泉氏が閣僚を引き受けるかどうかだろう。ことの次第では小泉氏の判断が問われる人事となる。
 
以上、つらつらと内閣改造について思うところを書いてきた。曖昧に見えるところはあえて曖昧に書かせていただいた。外すのが嫌だからである。外れるのは悔しい。途中に記したように、この時期の報道はめまぐるしく変わり、予想も無様なまでに外れてゆく。そうは言いつつも、ここまで固有名詞も出して書けば当たる部分と外れる部分はそれぞれ出てくるに違いない。8月3日は私のようなマニアの予想が無残に屍を晒す日になるだろう。
 
ここ数年はそんな悲惨な体験を何度もしている。それでもこうした予想をする理由は何よりも楽しいからだ。『自民党戦国史』で知られる伊藤昌哉が楽しみにしていたのは、各派の入閣候補を見て、人事の枝ぶりを考えることだったという。伊藤ほどの才覚はないけれども、その気持ちはよくわかる。
 
やや説明的に書いたが、それはあまりこうしたことに関心がない、よく知らない、という方にも読んでいただけるように書いたためだ。この楽しみを知っていただき、多くの「予想の屍」を招き寄せ、私の外れが目立たぬようになればありがたい。人事の予想というまことにくだらなく、楽しい遊びへの参入者がさらに増えてくれれば嬉しい限りである。